河原に落ちていた日記帳

趣味や日々の暮らしについて、淡々と綴っていくだけのブログです。

【読書備忘録】『改訂新版 新書アフリカ史』(2018)

 人は、身近にあるもの以外にはあまり興味が持てないもの。日本の歴史だって、興味が無くほとんど知らないという人はたくさんいます。私にもその気味があります。

 ましてアフリカの歴史なぞ、日本人でしっかり把握しているという人は希少でしょう。物理的にも心理的にも、日本から遠く離れすぎています。

 無論、国際問題の一つとしてアフリカの情勢に関心を払っている人は少なくありません。しかし日本でのアフリカのイメージとは、「未開」「貧困」など負の印象で語られることが多いのも確かです。

 しかしメディアで反復されるそのイメージは、アフリカの実情のある一面を取り出して強調したものに過ぎないのではないか。本書は古代から現代に至るアフリカの歴史を通して、近代以降の侵略と抵抗の歩みも含め、アフリカの意外な「豊かさ」やそこに住む人々の逞しさを描き出しています。

〈内容紹介〉講談社公式HPより引用

【アフリカ入門書の決定版が20年の月日を経て大改訂!】

 人類誕生から混沌の現代へ、壮大なスケールで描く民族と文明の興亡。新たなアフリカ像を提示し、世界史の読み直しを迫る必読の歴史書

 変化の激しいアフリカ現代史を新たに書き加え、従来の記述も新しい知見や主張に基づいて内容を大幅に見直した改訂新版。

 

 本書は1997年に発刊された『新書アフリカ史』に、大幅な改訂・加筆を行い再び世に出されたものです。旧版でも600頁近くある分厚い新書でしたが、今回の改訂により全776頁にパワーアップして生まれ変わりました。Twitterの一部では、近年増えつつある「自立する新書」の一つとして話題になっていました。

 この膨大なボリュームの本書は、以下の目次から織りなされています。

はじめに――アフリカから学ぶ
改訂新版にあたって
◆第Ⅰ部 アフリカと歴史
第1章 アフリカ史の舞台
第2章 アフリカ文明の曙
◆第Ⅱ部 川世界の歴史形成
第3章 コンゴ川世界
第4章 ザンベジ・リンポポ川世界
第5章 ニジェール川世界
第6章 ナイル川世界
◆第Ⅲ部 外世界交渉のダイナミズム
第7章 トランス・サハラ交渉史
第8章 インド洋交渉史
第9章 大西洋交渉史
◆第Ⅳ部 ヨーロッパ近代とアフリカ
第10章 ヨーロッパの来襲
第11章 植民地支配の方程式
第12章 南アフリカの経験
◆第Ⅴ部 抵抗と独立
第13章 アフリカ人の主体性と抵抗
第14章 パン・アフリカニズムとナショナリズム
第15章 独立の光と影
◆第Ⅵ部 現代史を生きる
第16章 苦悩と絶望:二〇世紀末のアフリカ
第17章 二一世紀のアフリカ
第18章 アフリカの未来

 人は誰しも、学生時代に「世界史」という科目を学ぶ運命にあります。しかしそこで学ぶ「世界」とは主に西洋と東洋であり、近代化以前のアフリカについては申し訳程度に触れられる程度でしかありません。

 その原因としては、前近代におけるアフリカ社会の多くが無文字社会であり、当地の一次史料から歴史を復元するという歴史学の王道が、アフリカでは通用しないという点が大きいでしょう。文字史料として活用できるのは、アラブの商人やヨーロッパの宣教師などによる、アフリカ外部の人間が書き残したものに限られます。

 そのためかつてアフリカは、西洋側の知識人たちによる「歴史なき大陸」という言説が実しやかに語られていたといいます〔p5-6〕。何とも驕り高ぶった言い草です。

 しかし誰もが知る通り、原初の人類はアフリカで発生したということは既に明らかにされています。従ってアフリカの歴史を考えることは、人類の歴史を考えることでもあります。

 アフリカ史を復元する際の材料としては、考古資料・口頭伝承・言語など、必然的に非文字資料を活用することになります。そのためアフリカ史の再構成のためには、考古学・言語学・人類学など、歴史学以外の分野との共同が必要不可欠となります。実証主義歴史学を相対化させる文化史的アプローチが、アフリカ史の大きな特徴の一つでもあります。

 また本書では、一般的な歴史叙述で用いられる「一国史」的な方法が用いられていないのも特徴の一つです。近代化以前まで、長らく数多くの無頭制社会が地域を形成してきたアフリカにおいては、近代以降の概念である「国家」という枠組みで通史を描くことは不可能だからです。

 本書ではアフリカ史へのアプローチとして、「まず地域概念を定立し、地域を地域として成立させている固有の論理を追及するなかで、地域形成のダイナミズムを論じようとした〔p11〕」とします。そして本書全体の特徴として、以下のように述べられます。

 我々は、国家というような近代の原理にとらわれないで、地域概念の有効性を最大限に追求した。そして、その枠組みのなかで、盛衰を繰り返した国家や民族の形成を促したダイナミックなプロセスを浮き彫りにできるように努めた。(中略)とりわけて本書の最大の特徴は、ナイル川ニジェール川、ザイール川、そしてザンベジ・リンポポ川という、アフリカを代表する五大河川の流域に注目して、それぞれに固有の地域形成の論理を求め、その特質の説明に努力したことである。(中略)さらには、アフリカ大陸を世界史の舞台で位置づけるために、アフリカとアジア、アフリカとヨーロッパ、アフリカと新大陸との、いわゆる大陸間交渉についても、紙幅の許す限りこれを論じ、アフリカが世界の歴史形成に貢献した有力な影響力のいくつかと緊密な関係を保ってきたことを明らかにした。〔p11-12〕

 本書の第Ⅰ部から第Ⅲ部では、近代化以前のアフリカ各地域の歴史の流れや、アフリカ外部との交渉史について述べられます。続く第Ⅳ部から第Ⅵ部で、西欧列強による植民地化の流れや、アフリカ人自身による抵抗の歴史、また現在おかれているアフリカの状況について述べられています。

 本書はアフリカ大陸における人類の発生から、植民地化の苦悩と抵抗の歴史を経た現代までの通史を描くことによって、アフリカは常に世界史の一部であったことを明らかにしています。また従来の世界史像を相対化し、一国史西洋史東洋史といった枠組みを超えた「人類史」として捉え直す、壮大な視点が提示されています。

 アフリカ史はたんにアフリカという地域の歴史ではない。一言でいえば、アフリカ史は新しい「世界史」「人類史」を創り出す基本分野であり、そのための必須の営みである。〔p712〕

 それは、これまでアフリカの価値としては否定されてきたもの(たとえば、文化や政治制度、言語、社会制度、集団編成原理、人間関係、人間同士のつながりなど)の肯定的・積極的側面に目を向ける見方であり、これまでの歴史認識を支配してきた西欧近代中心の人類史観に疑問を提出し、すべてを相対化することを目指す見方である。しかもそれは、これまで人類史が見過ごしてきたものを再発見し、これまでと異なるもう一つの世界と歴史の認識方法を導く見方なのである。〔p713〕

 アフリカ史という発想は、人間と社会のありようについて、これまで否定されてきた価値を再検討し、「常識」とされてきた見方を相対化して、これまでとは異なるもう一つの歴史、もう一つの世界認識の方法を提示してくれるものだ。その意味でも、アフリカを世界史のなかに再定位する営みは、これまで周縁化され、存在を否定さえされてきた人間の歩みを人類史の重要な骨格として再創造していくことに繋がるのである。〔p716-717〕

 正直本書を手に取ったとき、あまりの厚さに読むのを躊躇してしまいましたが、通読してみると非常に刺激的な読書体験となりました。無意識のうちに刷り込まれてきたアフリカの暗黒一辺倒なイメージを、大幅に更新できる一冊だと言えます。

 無論アフリカは、大陸全体の植民地化という、人類史上最大級の困難を背負わされてきた地域であることに間違いはありません。現在においてもその爪痕は甚だしく、行先の見えない諸々の問題を常に抱えています。

 しかしだからこそ、そこに住む人々の強かな生存戦略という、政治史中心の歴史観ではなかなか見えてこない実態も浮かび上がってきます。

 アフリカ史という方法は、従来の歴史観に一石を投ずる可能性に満ち溢れていると、本書全体が主張しています。高校までの「世界史」に満足できなかった人こそ、おススメできる一冊かと思います。