
「古史古伝」と呼ばれる文献群がある。
一言では、「古事記・日本書紀以前の書」として紹介されることが多い。実際には近世から近代にかけて書かれた偽書ばかりなのだが、「正史からは抹消された真実の歴史が記された書物」だという触れ込みで、歴史のロマンを掻き立てるアイテムの一つとして時おり言及されることがある。
その古史古伝の中で一番有名なものが『竹内文書』だ*1。これは天津教という神道系新宗教の教主だった竹内巨麿という人物が、先祖伝来の神宝として公開していた文献類の総称である。第25代天皇の武烈天皇が、日本の真の歴史を伝える文書を臣下の平群真鳥(武内宿禰の孫)に託し、それが竹内家に代々守り伝えられたものだという。
内容としては、8000億年以上にまで至る長大な神々の系譜が連なり、アメノミナカヌシやアマテラスが神でなく天皇として位置づけられているほか、エホヴァや盤古など海外の神々も登場し、その上モーセやイエス、ブッダ、老子、ムハンマドなど、宗教史における大物たちが次々と来日して日本で思想を学んでいたことを示す資料などがあり、古史古伝の中でもひと際破天荒な内容で知られている。
『竹内文書』のあまりに異端的な内容は政権から危険視され、昭和11年(1936)伝承者の竹内巨麿は官憲により不敬罪で捕えられてしまう。しかし天津教は軍部に熱心な支持者を得ており、神宝や文献は軍人により靖国神社の遊就館へと避難させられていたのだが、それも東京大空襲の戦火により失われてしまった。それに加え、狩野亨吉による文書鑑定により徹底的に偽書として糾弾されてしまい、『竹内文書』の史料的な価値は木っ端みじんに粉砕された。
漢字以前の文字だという「神代文字」で書かれた内容や、神武天皇以前の73代にわたる謎の「ウガヤフキアエズ王朝」の存在、また伝説の超金属「ヒヒイロカネ」や古代のUFOとも目される「天浮舟(あまのうきふね)」といったSFファンタジー的な記述など、オカルトファンにとっては胸躍る素敵なエピソードが満載である。だがその実態は、竹内巨麿自身がこつこつと創作していった結果、内容が手に負えないほど壮大に成長していったものだった。
その詳しい内容や『竹内文書』以外の古史古伝については、原田実『偽書が描いた日本の超古代史』などを参照してほしい。*2
さて、そうした古史古伝の数々を題材とした本を書き人気を集めたのが、佐治芳彦という作家である。既に故人であり、亡くなったのは2012年以降のことらしいが、正確な時期などは分からない(藤野七穂「ベストセラー『謎の竹内文書』の著者・佐治芳彦」)。
佐治は1979年、『竹内文書』を一般向けに紹介した書籍『謎の竹内文書 日本は世界の支配者だった!』を刊行し、一躍ベストセラー作家となった。以降、佐治は『東日流外三郡誌』や『秀真伝』など〝異端の史書〟を取り上げた作品を書き続け、「古代文明評論家」なる肩書が定着することになる。現在、著書は全て出版停止で、電子書籍化もされていないようだが、古書店などでその著書を見つけ出すことはそう難しくないだろう。
なお佐治以外にも、同様の文献をもとに独自の異端的な歴史観を披露した研究家は数多く存在するが、本稿では便宜的にそうした研究家たちを「超古代史家」と呼称することにする。
超古代史家たちの夢想的な史観の数々が、歴史学の俎上に載ることはまずない。偽書を素材に歴史を論じたところで、その歴史は偽史にしかならないからだ。
しかし学者から無視されようとも、構わずに彼らは歩みを進めた。むしろ学術から無視されることこそが、逆説的に彼ら超古代史家のアイデンティティになっていたと言っていい。
そして、異端の古代史を打ち出した本は、学術的な歴史本よりよく売れた。人々は幻の超古代文明に、何を求めていたのだろうか。
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