河原に落ちていた日記帳

趣味や日々の暮らしについて、淡々と綴っていくだけのブログです。

【雑記】雪男(イエティ)による婦女暴行殺害事件

『面白倶楽部』1952年4月特別号、p202-203
※挿絵は上西憲康。なお本文の部分は削除しています。

 タイトルを見て、何言ってんだこいつとお思いでしょう。私も思ってます。

 数ある類人猿型UMAの代表格として知られるヒマラヤのイエティ、通称雪男。それがとある貴婦人を強姦した上、惨たらしく殺害したという話が、1950年代の雑誌に“事実”として掲載されているのです。

 今回はその雑誌記事を紹介することで、知られざる衝撃的なUMA事件の全貌に迫っていきたく思います。

※いわゆる「エログロ」的成分が多く含まれる話題になります。少なからずショッキングな描写が出てくるため、苦手な方はご注意下さい。

 

 さてさて、実は今回紹介する資料は、国会図書館デジタルコレクションで雪男関連の雑誌記事を調べていた際に見つけたものです。残念ながら国会図書館限定資料なので、最近オンライン解禁されたものではありません。

  • 「世紀の淫獸 ヒマラヤ山中に巣食うという半獣半人の怪物」
    英国私立探偵ジョージ・アーノルド手記/大久保敏雄 摘訳
    (『面白倶楽部』1952年4月特別号)

 リード文には「白色美夫人の柔肌を狙う怪獣 人類かゴリラか謎の正体を探求」という煽情的な文言が並んでおり、以下のような書き出しで本文が始まります。

 ロンドン児をあッと言わしたという、一九五一年度のビックニュースは、なんと言つても、著名な原子力学者クラウス・フックス博士やポンテコルヴォ博士が、親ソスパイであつた事実を暴露したM一五機関(特審局)の発表であろう、がそれにも劣らないビックニュースは、従来伝説的にヒマラヤ山脈に巣食うと噂されていた半獣半人の怪物、通称エティが、怪奇無類な姿を遂に現わしたばかりか、怪獣の犯した残虐、言語に絶した白色貴夫人強掠事件であることに、誰しも異論はなかろう。偶然の機会から、本件捜査にタッチしたジョージ・アーノルド探偵の手記こそ、稀れに見る怪奇事件の真相記録である。

〔『面白倶楽部』1952年4月特別号、p202-203〕

 という訳で、イギリス人探偵のジョージ・アーノルドなる人物の手記を元にしたという体で、本記事は書かれています。

 事件の発端は1950年9月25日、舞台はインド北部のヒマラヤ山脈にほど近い都市、シムラー*1。アーノルド探偵は当時、カシュミール藩王国問題に揺れる印パ情勢を視察する任務のためインドに赴任しており、その夜はシムラーにある「カシュミール木材会社々長英人、G・ローランド氏」邸の夜会に招かれていました。

 その夜会に招かれた客人は、「ネール印度首相、パニッカル外交部顧問を始め、文武の顕官、財界の名士令夫人数十名〔p203-204〕」に加え、カシュミール国王のハリ・シング殿下が「ご愛妾チャンネ夫人を同伴列席〔p204〕」するという、ちょっとやりすぎなくらいに豪華な面々。それというのも当主のG・ローランド氏が、国王や首相も一目置くくらいの経済界の重鎮だからだといいます。

 豪華絢爛な宴もたけなわの、夜9時ごろから始まった仮面舞踏会。しかしG・ローランド氏の愛妻メリー夫人による変装バレーにおいて、異変は起こりました。

 乗馬服姿に変装した夫人の相手として登場した、「奇々怪々、ゴリラに似てゴリラに非ず、さりとて全身が茶褐色の毛でふさ〳〵と被われているところは、絶対に人間ではない。身の丈七フィート(七尺余)、胴の太さまさに一抱えはあろう〔p203〕」という奇怪な巨獣が、突如夫人に襲い掛かったのです。

 メリー夫人をさらい、天井のシャンデリアに登っていく謎の怪獣。余興の一部なのかそうでないのか、周囲の人々が困惑しながら眺めている中で、その惨劇の幕が開かれたのです。

衆人注視のまッ唯中で、怪獣が夫人のズボンをベリ〳〵ッと引き裂いたではないか。オ……と叫ぶ。人々の頭の上で、メリー夫人が、豊満な下腹部から、脂肪の乗りきつた太腿をまるだしにして、もがき、のた打つているのだ。〔p204〕

 やっとことの重大さに気付いた人々が夫人を助けようと騒ぎ始めますが、かと言って頭上高くのシャンデリアの上、普通の人間にはどうすることもできません。そうこうする内に、怪獣の凶行はエスカレートしていき……

 そんな騒ぎには頓着なく、巨獣はメリー夫人の着衣を一枚々々剥いでゆく。豊麗無比の白肌が完全に露出する、と足掻く夫人を押えつけて、悠々、言うに忍びぬ凌辱を加えつづける。(中略)
 一方巨獣は、夫人の肉体を思うさま犯したばかりか、不敵にも、半死の女体を愛撫しつづけている。唇を啜りもした。それにも飽きたか、あッ……と叫ぶ人々の眼前で、夫人の両足を掴んで逆さにぶらさげた。両腿を開いて、下司つぽくにや〳〵している、と見たのも束の間のこと。ヒーッという夫人の断末魔の声とともに、豊満な女体が血みどろの一肉塊となつて、落下して来た。
 正視しがたい眼前の一大惨事に、人々は瞑目、黙祷するばかりだつたが、怪獣の姿は、既に天井から消えうせていた。〔p205〕

 しかしこの凄惨な出来事も、続く惨劇の一歩でしかなかったのです。

 それは、メリー夫人殺害事件の5日後のこと。今度は、カシュミール国王シング殿下の愛妾、チャンネ夫人が行方不明になったというのです。

 記事によるとシング殿下は、カシュミール藩王国をインドに帰属させるという密約をネール首相と交わしていたばかりだったといいます。緊張感から解放されたこともあってか、シング殿下は無防備にも護衛をつけず、夫人と2人きりで月を眺めに夜中出歩いていたところ、事件は起こりました。

『密林の入口だつたそうです。どこからか飛んで来た小兎が、チャンネ夫人の前を馳け過ぎようとしましたので、追いかけたらしいんです。』
『危険千万な話だネ。』とアーノルド探偵の声。
『確かに危険でしたが、うッかりして追いかけた、と思つた。とたんに、ヒーッという悲鳴なんです。殿下がぎょつとして、馳けよられたんですが……』
 いつのまに用意されていたものか、二三間馳けよつた時、殿下の片足は藤蔓の係蹄につかまれていた、と言う。
『そりや事件だッ。夫人は既に犯されているよ。』
『と見ていいでしよう。今もつて行方不明なんです。』〔p205〕

 なぜこの時点で夫人が「既に犯されている」ことが分かるのか不明ですが、そこは探偵特有の千里眼といったところでせうか。

 これら美しい貴婦人たちを襲う事件の捜査を引き受けたアーノルド探偵は、インド人警察のラムン・タン警部とともに、まずは犯人像の絞り込みを行います。

『そりやいいとしてだネ。まず怪獣の正体さ。僕の見たところじや非人非獣の動物だネ。』
『尻尾があつたとか言いますが。』
『違うネ。あれはペニスなんだよ。巨大なもんだつたネ。なにせメリー夫人などは、唯一回の暴行を受けただけで、ひどい裂傷をうけていたからネ。その点でも、まさに前代未聞さ。逃走するのを後ろから見ると、確かに尻尾のように見えたものネ。誤認するのも無理ないな。』
『チャンネ夫人もでしようか。』
『多分ネ。だから一日も早く処置しないと、婦人達は大恐慌だろう。』〔p206〕

 なんと犯人は巨根の獣人だと断定するアーノルド探偵、流石に大胆な推理だネ。

 しかし捜査の会議を行なっている最中、またしても異変が勃発。今度はシムラーの移動動物園に元々展示されていた怪獣像*2が、いつの間にやら巨大な氷塊を抱きかかえる形になっていたと報告が入ったのです。

 只ならぬ気配を感じて動物園に急行するアーノルド探偵。果たしてその氷塊の中には、一糸まとわぬ女性の姿があったのです。

 灯を近づけて、タン警部がすかして見て、まず『うわッ……』と叫んだのも当然であろう。氷塊の真唯中にあるのが真裸の女体らしい。
 そこで命令一下、氷塊は砕かれた。そのあとに現れたのが、果して予想通り、チャンネ夫人の肉づきのいい屍体だった。
 人々もさすがに息をつめた。〔p207〕

『面白倶楽部』1952年4月特別号、p206-207
※本文の部分は削除しています。

 

 メリー夫人に続き、チャンネ夫人まで惨たらしく手にかけられてしまいました。しかし手をこまねいている場合ではないアーノルド探偵、種々の鑑定データを元に犯人を突き止めにかかります。鑑定によって判明した事実はざっくり以下の通り。

  1. チャンネ夫人の遺体には数回にわたって暴行を受けた形跡がある。遺体からはA型・O型・AB型の、3種類の人間の精液が検出されたため、少なくとも3人の人物に暴行を受けたと思われる。
  2. 遺体に残っていた不明の体毛には、人間に近い特徴が見られた。
  3. 動物園に残されていた足跡は、人間のものと比べ約3倍の大きさで、野生動物的な形状の特徴が見られた。

 こうした鑑定結果から、アーノルド探偵は次のように犯人を推理しています。

『怪獣は人間の退化変形したもので、熱国印度人と同一祖先を持つ少数が、数百年間ヒマラヤ山脈の氷窟に生活していたため、全身に野獣と同様、発毛したものらしい。』〔p208〕

 だいぶ推理が飛躍している気がしますが、とにもかくにも犯人の特定に至ったアーノルド探偵。10月13日には犯人確保のため、探偵自らヒマラヤ山脈へと赴きます。そしてシェルパたちを引き連れて2週間後、突如雪山のクレヴァスを挟んで現れた、全身白ずくめの怪しい人影が! 果たしてこれが雪男なのか!?

 少々長めの引用になりますが、事件の全貌に迫るアーノルド探偵と雪男(?)との直接対決をご覧ください。

 その向い側に佇つているのが、土民の言う通り真ッ白な人間だが、よく見ると何のことはない、白熊か何かの獣皮を着用した人間である。
『君かい。雪男つてのは。』
 噴きだしたい気持を制えて、こう話しかけてみた。
『そうだよ。』とはッきりしたカシュミール語(チベット語に近い言葉)で答える。
(中略)
『諦めるんだネ。そのかわり質問には答えてあげよう。』
『では早速だが、怪獣の名は。』
『一般にはエティ(深山男)だが、平原(印度)では、いまわしい怪獣と言われている。』
『ありや人間かい。』
『少くとも君達よりは、先祖に近い人類さ。』
『シムラ市で二人の貴夫人を殺害している。』
『確かに。だが理由があるようだ。まずローランド夫人の件だが、彼は国民の意志に反して、国王ハリー・シングを説いて、カシュミール国(カシミヤ織物の名産地)を印度に合併せしめた売国奴だ。彼の最も愛する妻が、だから天の裁きを受けたのだよ。』
『チャンネ夫人もか。』
『然りだ。特にあの女の最期は見ものだつたよ。チャンネ夫人を拉致してきた夜など、まるでお祭り騒ぎでネ。十名程のエティ達がチャンネ夫人を真裸に剝いて、嬲り殺しにしたのだが、さすがに正視しかねたよ。文字どおり、売国奴の受ける地獄の責苦さ。』〔p208-209〕

 謎の男によると、犯人はエティ(雪男)で、夫人2人が殺されたのはカシュミール藩王国をインドに併合させた天罰だったと言うのです。ローランド氏と国王が殺されるのならともかく、とんだとばっちりを受けた夫人……。

 次にアーノルド探偵が犯人の居場所を詰問すると、男は氷原の彼方を指差します。そこには、灰色の獣たち――雪男たちが踊り、唄う光景がありました。そして男もその方向へ飛び去り、ついに姿が見えなくなってしまったのです。

……ラムン・タン警部が、素早く拳銃を抱えたが、既に晩かつた。
『あいつを逮捕すれば、犯人がわかる筈でしよう。』
『既にわかつているよ。』
『どいつですか。』
『あの老人さ。あれはネ。カシュミール国の国粋主義者らしい。国王や側近の英人に報復しているんだよ。けれども証拠がない。』〔p209〕

 こうして最終的な解決には至らぬまま、記事は「謎の生物の正体探求が、どんなにロンドン人を驚かしたことか、それこそ一九五一年度のビックニュースの一であったろう〔p209〕」と締められています。

 

 なんともはや驚くしかない出来事ですが、当時本当にこのような事件があったのでしょうか。あってたまるか。

 正直に言いますと、当時の新聞記事を調べてもこんな事件は一切出てこないため、十中八九ホラ話と考えていいでしょう。主人公のアーノルド探偵については未確認ですが、たぶん適当にでっち上げられた人物だと思います。

 では誰が話を創作したのか……と考えると、浮かび上がってくるのが手記の摘訳を担当したという「大久保敏雄」の名前です。試しにこの名前を国会図書館デジタルコレクションで検索してみると、次のような雑誌記事がヒットします。

  • 愛慾秘史 巴里の淫獸
  • 血と鞭で彩る閨房の葛藤
  • 現地報告 後宮の淫獸 ヨルダン王の暗殺事件
  • 海外実話 私は人喰蛮人の妻だった

 etc、etc……とこのように、中身を読まなくても何となく雰囲気が伝わってくる記事を多数書いていたようです。大久保敏雄という人物の素性等は今のところ詳細不明ですが、要するにこうした猟奇的な要素溢れる実話テイストの話を専門にものしていた作家だったのでしょう。

 折しも時代は、エロ・グロを前面に出したカストリ雑誌が刺激的な娯楽として享受されていた頃です。掲載誌の『面白倶楽部』自体はカストリ誌ではありませんが、明らかにこうした時代の文脈に沿って書かれた話だと言えるでしょう。当時の読者がどの程度真に受けたかは分かりませんが、思うに読者の求めたものは遥か海の向こうの事件の記録ではなく、性と血にまみれたグロテクスの刺激だったのではないでしょうか。

 ただ、この記事の一から十まで全てウソかと言えばそういうわけではありません。例えば、インドのネール首相やカシュミール藩王国のハリ・シング国王などは実在の人物ですし、当時カシュミール藩王国がインドに帰属したばかりだったというのも、時期は数年ずれるものの概ね史実に沿っています。

 そうした国際情勢にエロ・グロストーリーを組み合わせ、更に雪男というUMA要素まで組み込んだ作品がこの物語『世紀の淫獸』だったと私は考えるのです。

 雪男のイメージとしてはだいぶ極端なもので、同時代的にもあまり影響はなかったと思いますが、「忌まわしき雪男」を巡る一つの言説としてここに記録しておきます。

*1:原文「シムラ市」

*2:明言されていませんが、恐らく類人猿の像。