河原に落ちていた日記帳

趣味や日々の暮らしについて、淡々と綴っていくだけのブログです。

【読書備忘録】小野不由美『鬼談百景』(2012)

鬼談百景 (角川文庫)

鬼談百景 (角川文庫)

 

 普段は学術的なお固い本についてばかり書いているので、たまには小説作品についてでも。

 十二国記シリーズをはじめ、『屍鬼』や『黒祠の島』などホラー小説でも知られる小野不由美氏による、百物語小説です。

〈あらすじ〉※Amazonの商品紹介欄より引用
 学校に建つ男女の生徒を象った銅像。その切り落とされた指先が指し示す先は…(「未来へ」)。真夜中の旧校舎の階段は“増える”。子どもたちはそれを確かめるために集合し…(「増える階段」)。まだあどけない娘は時折食い入るように、何もない宙を見つめ、にっこり笑って「ぶらんこ」と指差す(「お気に入り」)。読むほどに恐怖がいや増す―虚実相なかばする怪談文芸の頂点を極めた傑作!初めての百物語怪談本。

 

 本書はいわゆる実話怪談集の形式を取っており、平均見開き1~2頁ほどのごく短い怪談話が99話収められています。「百物語」の看板に偽りなし。

 私は幽霊の存在を信じているわけではないのですが、本書の怪談はどれもこれも読んでみて背筋がゾクゾクするものばかりです。

 何と言うのでしょうか、本書の怪談は単純に「幽霊譚」という括りには入らない話が多いように思います。「実はこの部屋には、昔自殺者が出ていて、その幽霊が今でも…」といった理屈付けが行われる話が、ほとんどないのです。

 言ってしまえば「落ちのないただ不気味な話」の方が圧倒的に多く、読者は一話一話を読み終わるたびに、いきなり知っている道から放り出されてしまったような、強烈な不安感に襲われることになるのです。

 例えば、怪談師として有名な稲川淳二氏による話と比べてみると、どうでしょうか。

 稲川氏の怪談では多くの場合、怪異(幽霊)の正体が話の最後できちんと説明付けが行われます。私は稲川氏のファンなので毎年恒例の怪談ナイトLIVEに行っているのですが*1、氏の怪談を聞いて、放り出されたような不安感を覚えることはあまりありません。ある意味では、聴衆にとって「親切で優しい」怪談だと言えるかもしれません。

 しかし本書の怪談の多くは、そうした説明付けが一切ありません。怪異の正体が一切不明な場合の方が多いのです。

 だからこそ、怖い。

 人間にとって、訳の分からない物が、訳の分からないままであることこそが、一番の恐怖なのだと思います。本書に限らず実話形式の怪談話は、この点を実によく突いています。いい歳になって、夜トイレに行くことや電気を消して眠ることが嫌になってきます。意地の悪いことです。

 

 ところで私は、怪談話を読んだり聞いたりしていると、「怖い」という感覚と共に、不思議と懐かしい気分にもなってくるのです。

 どうして怪談話とは、こうも郷愁をかき立てられるのか。

 怪談の中には、いわゆる「学校の怪談」が多く含まれているから?

 そうかもしれません。しかしそれだけではないと思います。

 私が思うに、怪談話の恐怖とは、子どもの頃常に感じていた日常の中に潜む不安と、似たような感覚を思い起こさせるからではないでしょうか。

 私は子どもの頃、夜になると常にその闇に怯えていました。何も見えない空間から、何者かの手が伸びてくるのではないか。夜ごと窓の外から聞こえてくる、あの妙な声は一体なんなのか。

 そうした恐怖に怯え、自室を貰った後も、何度も親の寝室で寝かせてもらったことを覚えています。

 子どもの頃のそうした不安感と、怪談を読むときに感じる恐怖とは、実によく似ているように思います。怖いけど、懐かしい。不思議な感覚です。

 人によって怪談に触れる理由はまちまちでしょうが、私は怖さとともにその「懐かしさ」を、怪談に求めているのだと思います。

 怪談を求める人がいる限り、これからも人々の間で幽霊という存在が消えることはないのでしょう。そして、消えないことを私は願っています。

 

 ちなみに冒頭で、本書に収録されている怪談は99話だと述べました。実は本書の100話目の立ち位置の作品として、『残穢』という長編小説があります。

 こちらは著者がとある怪談の由来を追っていくうちに、語ることさえタブーとされる「最強の怪談」へと至っていく…というドキュメンタリータッチのホラー小説であり、こちらも非常に面白いのでオススメです。映画のPOV作品が好きな人とかは、けっこうハマるかも。

 ただし百物語の100話目を語るとき、何らかの怪異が起こるというのは有名な話。

『鬼談百景』のあと100話目の『残穢』を読み終えたとき、何かが起こらないとも限りませんが…その辺はまぁ、自己責任で。

残穢(ざんえ) (新潮文庫)

残穢(ざんえ) (新潮文庫)

 

 

*1:去年は素で忘れてしまい行けませんでしたが。