河原に落ちていた日記帳

趣味や日々の暮らしについて、淡々と綴っていくだけのブログです。

【読書備忘録】伊藤龍平『何かが後をついてくる 妖怪と身体感覚』(2018)

何かが後をついてくる

何かが後をついてくる

 

 学校からの帰り道、夕闇迫る薄暗がりの中、人気のない路地裏を一人で歩いていると、気付くと自分の足音に混じり、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、何かが後をついてくるような気配……

 誰しも身に覚えのあるこの不気味な気配(私は体験したことがありませんが)。実際には誰もいないのに「何かが後からついてくる」ような気配を感じるというような、日常の隙間にふと表れる得体の知れぬ違和感。

 本書はこうした身体感覚上の違和感と、妖怪伝承との関係に注目した、妖怪研究における最新の知見となります。

〈内容紹介〉青弓社公式HPより引用
 後ろに誰かいる気がする、何か音が聞こえる、誰もいないはずなのに気配を感じる……。

 妖怪は水木しげるによって視覚化され、いまではキャラクターとしていろいろなメディアで流通している。他方、夜道で背後に覚える違和感のように、聴覚や触覚、嗅覚などの感覚に作用する妖怪はあまり注目されてこなかった。

 日本や台湾の説話や伝承、口承文芸、「恐い話」をひもとき、耳や鼻、感触、気配などによって立ち現れる原初的で不定形な妖怪を浮き彫りにする。ビジュアル化される前の妖怪から闇への恐怖を思い出すことで、私たちの詩的想像力を取り戻す。

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【読書備忘録】礫川全次『サンカ学入門』(2003)

サンカ学入門 (サンカ学叢書)

サンカ学入門 (サンカ学叢書)

 

 木地屋マタギといったいわゆる「漂泊民」を対象とした民俗誌的研究は数多く存在しますが、その対象が「サンカ」となると急に信頼できる研究が激減するのはいかなる訳なのでしょうか。恐らくそれは、「サンカ」なる言葉には常にある種の胡散臭さが漂っているのが原因ではありますまいか。

 私自身、「サンカ」という存在自体は以前から知ってはいましたが、それについて書かれた本となるとどうにも如何わしい匂いを感じてしまい、ずっと敬遠していました。多分ネット上に散見されるオカルト的な「サンカ」像が、無意識の内に脳裏に刷り込まれていたからでしょう。

 しかし試しに手元にある『精選 日本民俗辞典』を手繰ってみると、意外や意外、ちゃんと「さんか」という単語が立項されているではありませんか。執筆者は石川純一郎、『河童の世界』が代表的な著作でしょうか。以下に石川氏による「さんか」の概要を抄出してみます。*1

さんか 定住せず、山川を舞台に竹細工ならびに川漁などを生業として生活をおくる漂泊民に対する一般的呼称。(中略)さんかは岩窟・土窟を住処とすることに基づいた命名らしいが、他に天幕を張ったり、小屋掛けをしたり、社寺の床下に宿ったりと地域や集団により居住形態が異なっていた。「山窩」という漢字は明治初期における警察吏の考案というのが定説になりつつある。無籍者は犯罪を犯しやすいということで、警察の取り締まり対象とされ、猟奇的な事件があると彼らの仕業と考えられた。

 以降は「さんか」とされた人々の生業などの解説が続き、学術的な辞書としてまずまず無難な叙述がなされているのですが、私が注目すべきと考えるのが以下の文章です。

一説には全国的な支配組織のもとに国ごとの組織があって統制を行い、独特の文字を有するなどともいわれているが実証性に乏しい。

 さりげなく流されていますが、これは要するに俗に流布した「サンカ」のイメージを、なるべく穏当な表現で否定したものでしょう。

「サンカ」という存在は、辞書に立項されているという事実から少なくとも民俗学において完全に無視されている訳ではないと思います。ただし辞書の記述でもわざわざ断りの文言を入れておく必要があるほど、幻想的な「サンカ」のイメージは一般に膾炙してしまっているのだと言えます。

 こうした「サンカ」イメージの創出に大きな役割を果たしたのが、小説家の三角寛による一連の仕事であった、というのは現在の通説になっています。

 オカルト業界では「ユダヤ陰謀論」のガワだけ取り替えた「サンカ陰謀論」や、偽書『上記』との関連による「サンカ古代民族説」などが取沙汰されているようですが、そうした偽史的なイメージを「サンカ」から取り払ったときに見えてくるものは何なのか。

 そんなことを考えたく思い、とりあえず手始めに内容が無難そうな本書を読んでみることにしました。

〈内容紹介〉Amazonの商品紹介欄より引用
「サンカ」とは、日本に存在していた“漂泊民”である。「サンカ」につきまとうイメージは、ある時は古代からの伝承を伝え、独特の「サンカ文字(神代文字)」を使う一群の人々であり、ある時は山野を疾駆する漂泊の民であり、また、ある時は警察を出し抜く犯罪者集団…、など様々だ。しかし、近代以前からの「制外の民」としての「サンカ」像には、さまざまな疑念がつきまとっている。柳田国男、鷹野弥三郎、荒井貢次郎、宮本常一から三角寛といった人々にいたる「サンカ」研究を網羅、解説。「サンカ」という言葉を初めて聞いた人から、「サンカって、どうもよく分からない…」という人まで、格好の入門書。

*1:福田アジオ他編 2006『精選 日本民俗辞典』吉川弘文館、p233

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【読書備忘録】篠原徹『民俗学断章』(2018)

民俗学断章

民俗学断章

 

 民俗学者であり、現在は琵琶湖博物館の館長を務める篠原徹氏による最新の著書です。

 表紙の写真は、日本のどこぞにある山村の風景……かと思いきや、表紙そでには「海南島・リー族の初保村全景」というキャプションが。

森林がよく残っているように見えるけれども実は樹木はすべてパラゴムであり、畑はキャッサバが作られている。典型的なプランテーションである」とのことであり、現代人が持つ「原日本」というイメージとはいかにあやふやなものかと思い知りました。

〈内容紹介〉社会評論社公式HPより引用
 引揚者二世のルーツに始まり、民俗学者として五十年余りの間をアジア、アフリカ、日本国内の小さな山村に滞在して集めた人と動植物の民俗をいま改めて考える。半生をかけた学術的蓄積を自ら再構成して見出すのは、現在の日本民俗学の抱える学問的問題点である。

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【読書備忘録】原田実『偽書が描いた日本の超古代史』(2018)

偽書が描いた日本の超古代史 (KAWADE夢文庫)

偽書が描いた日本の超古代史 (KAWADE夢文庫)

 

 本屋に並ぶ商品の背表紙をとりとめもなく眺めていると、無意識の内に「知られざるユダヤの陰謀」とか「神代文字セラピー」といった文字に目を惹かれ、まだまだこういうアヤシゲな話題は人気があるんだなぁと実感する次第です。多分永遠に人気なのでしょうね。

 本書のタイトルにもある「超古代史」もそうしたアヤシゲな話の一つで、『古事記』や『日本書紀』など「正統」の史書にはない、独自の古代伝承を伝えた文献を指します。しかしそれらは、実際には近世~近代に創作された「偽書」だと断じられており、学術的な目線を向けられることはほとんどありません。

 有名なものとしては『竹内文献』『秀真伝』『東日流外三郡誌』等が挙げられますが、本書はそうした偽書の数々を一般向けに紹介したものとなります。

〈内容紹介〉※本書表紙裏より引用
 記紀とは異なる、神話・伝説時代の驚きの歴史とは?

 その偽書はどのように現出し、真贋の論争に決着はついたのか?

 奇想天外な“史料”のセンセーションを追う!

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【読書備忘録】『偽史と奇書が描くトンデモ日本史』(2017)

偽史と奇書が描くトンデモ日本史 (じっぴコンパクト新書)

偽史と奇書が描くトンデモ日本史 (じっぴコンパクト新書)

 

偽史」や「奇書」と呼ばれる文献の数々を解説した、新書サイズのコンパクトな本です。タイトルの通り「と学会」的なコンセプトと言えそうですが、私はと学会の本を読んだことがないのであまり下手な言及はしないでおきます。

 本書の監修は、偽史やオカルトに関する多くの著作で知られる原田実氏。ただ実際のところ、氏がどの程度本文の執筆に関与しているのかはよく分からないので、原田氏についてもここではあまり触れないでおこうと思います。そんなんばっかだな私。

〈内容紹介〉Amazonの商品紹介欄より引用
 東北に王朝が!?

東日流外三郡誌」、歴史小説に大活用された「武功夜話」など、学術的に認められていない史料たち。
 図らずもそうなってしまうものもあれば、意図的に作り出されたものもある。
 その描かれた内容は、しかし、読む者を壮大なロマンへと誘う。

偽史」「奇書」といわれる書物を「もう一つの日本史」として、それらが書かれた時代と、それらがもたらした影響を交えながらブックガイドのスタイルで紹介する。
 また、異説や仮説を展開した人びとなど歴史をめぐるできごとにもスポットをあてていく。
江戸しぐさの正体』の原田実氏監修。

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【読書備忘録】藤野七穂『偽史源流行』(雑誌連載、2000~01年)

 今回は刊本ではなく、今は亡き通俗歴史雑誌『歴史読本』で平成12年1月~13年12月の2年間、全24回に渡り連載されていた連載稿、『偽史源流行』について書いてみます。カテゴリをどこにするか地味に迷いましたが、読書であることに間違いはないでしょう。

 著者は「偽史ウォッチャー」の肩書を名のる藤野七穂氏。当然ながら在野の作家の方です。単著は確認できませんが、超常現象の懐疑的調査を行う団体「ASIOS」に参加されており、現在はそこを主な活動拠点とされているようです。

 『偽史源流行』は、みんな大好き『竹内文献』『宮下文献』『上津文』等の所謂「古史古伝」と呼ばれる偽書群(偽史群)を、非常に緻密な文献批判を通してその「源流」に迫った連載稿です。当時としては画期的な、いや現在においても本稿の価値は輝きを失っていないと言えるでしょう。

 しかし非常に残念なことに、本稿はこれまで単行本としてまとめられてはいません。ASIOSのサイトによると、藤野氏は「現在、雑誌連載稿『偽史源流行』の単行本化のため筆入れ中。」とのことなのですが、いつまで筆入れを続けるおつもりなのでしょう。

 私は永遠にでも単行本化を待ち続けるつもりですが、その内容までも指を咥えて待ち続けるわけにはいかないので、図書館に通って20年近く前の『歴史読本』を書庫から24冊引っ張り出してもらい、片っ端から複写してきました。図書館の司書さんにすこぶるご迷惑をお掛けしたことを、ここにお詫び致します。

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【読書備忘録】徳田和夫編『東の妖怪・西のモンスター』(2018)

東の妖怪・西のモンスター―想像力の文化比較 (学習院女子大学グローバルスタディーズ)

東の妖怪・西のモンスター―想像力の文化比較 (学習院女子大学グローバルスタディーズ)

 

 東洋の「妖怪」、西洋の「モンスター」のような、東西の「超自然的存在」の比較研究を中心とした、比較文化論の論文集です。

 妖怪の比較文化研究の試みは、過去の論集『進化する妖怪文化研究』(2017)などでも行われており、恐らく専門の学会誌での発表もなされていると思いますが、「妖怪比較文化研究」をメインとした論文集は本書が初めてではないかと思われます。

〈内容紹介〉勉誠出版公式HPより引用
 妖怪比較文化研究の最先端

 非実在の生き物を造形する営みの歴史は東西に共通してみられ、日本においては妖怪、西洋においてはモンスターや妖精として古くから語り継がれてきた。現代でもポップカルチャーの一端を担い、「妖怪ブーム」をもたらしている。
 それぞれの文化で育まれてきた「見えないもの」の物語を通して、精神文化の差異と類似、普遍性を探る11章。

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