河原に落ちていた日記帳

趣味や日々の暮らしについて、淡々と綴っていくだけのブログです。

【読書備忘録】2月に読んだ本メモ

 なんだかどんどん世界がややこしくなってきて、なかなか心休まらない日々ではありますが……今回もまた自分用のメモも兼ねて読書記録を大公開です。今月読んだものはこちら。(順番は読了した順)

 

 

ねなしがみ もの久保作品集 (ShoPro Books)

◎もの久保『ねなしがみ もの久保作品集』2021年、小学館集英社プロダクション

 ネット上で活動していた絵師、もの久保氏による最新の画集。もの久保氏は、巨大な動物をたびたびモチーフとして用いる幻想的な作風が特徴で、その美麗で不可思議な世界観に私も非常に魅かれていた一人でした。

 氏の描く世界観は幅広く、優しい雰囲気のものから不穏な空気が漂うものまで様々でしたが、本作はその「不穏」の方向に振り切った画集となっています。

 明確なストーリーは説明されず、鑑賞者はわずかなキャプションと絵の題名のみで、何らかの不吉な物語を自らの内で紡いでいくことになります。直接的なゴア描写などは全くないのにも関わらず、ひたすら見る者の心をざわつかせる、その空気感に巻き込まれてページを手繰る手が止まらなくなってしまいます。美しさとおぞましさが同居した、素晴らしい画集だと思います。

 私が本作を購入した翌日、作者であるもの久保氏の訃報が伝えられました。素晴らしい絵の数々を楽しませていただけたこと、感謝に堪えません。心よりご冥福をお祈りいたします。

 

玉藻の前 (岡本綺堂伝奇小説集)

岡本綺堂『玉藻の前〈岡本綺堂伝奇小説集其ノ一〉』 1999年、原書房

 妖狐譚の古典を題材に取り、悲恋話として再構成した岡本綺堂作品。元は大正に発表された小説ですが、ものすごく読みやすい上に文章が非常に美しい。個人的に泉鏡花の文章は何故かとても苦手なのですが、岡本綺堂の文章はすいすいと読めてしまいます。

 本作の玉藻は、原典通り自らの魔性を武器に人々を破滅に追い込む妖女ですが、その彼女が幼馴染の主人公に対して見せる、淡い恋慕や嫉妬心といった人間らしい一面もあり、その絶妙なバランスが本作の魅力として浮き出ています。一方で人間臭い部分を残しているからこそ、玉藻が何を目的として行動しているのかが不明瞭になっている部分もあると思います(原典から言えば「国家の転覆」なのでしょうが)。

 人間を惨殺して喰べたりするところを除けば、「自らの魅力を武器に男社会を生き抜く女性」という玉藻観もアリな気がします。

 

恋する化石 「男」と「女」の古生物学

◎土屋健『恋する化石 「男」と「女」の古生物学』2021年、ブックマン社

『アノマロカリス解体新書』という(私にとって)画期的な本を上梓した著者による、これまた面白い切り口の古生物本。

 生物界において、「オス」と「メス」という区分けやその生殖行動などは、基本的かつ重要な要素として位置づけられます。しかし考えてみると、恐竜などの古生物に関する本を読んでいて、「性」というものについて言及された覚えがあまりありません。それもそのはずで、何しろペニスやヴァギナなどの生殖器は化石として残らないのです。

 例えば恐竜の食生活は、歯の形状が分かれば何を食べていたか推測できますし、フンや体内の残留物も化石として残ることがあります。しかし食生活と並んで生物の生存に重要な「性生活」というものは、化石として残るものが極端に少ないのです。

 そのため生物にとって超基本的な要素でありながら、古生物の性については言えることが非常に少ないというのは意外であるとともに、それもまた古生物学の面白いところだと思えます。現生生物に比べ極端に限られた資料から、古生物の生き方がどのように復元できるのか。研究者の試行錯誤の過程が興味深い一冊です。

 

クダン狩り: 予言獣の影を追いかけて

東雅夫編著『クダン狩り 予言獣の影を追いかけて』2021年、白澤社

 有名怪談アンソロジストによる、クダン関連の文章をまとめた一冊。内田百閒・小松左京の名短編とともに、クダン研究界の第一人者・笹方政紀氏との対談も収録されています。

 人面牛身の奇妙な幻獣であるクダンについては、主に民俗学社会学において学術的な対象となってきました。しかしそうした動きとはまた別に、怪談文芸界隈でもクダンは謎めいた魅力を放ち、一部の作家たちから熱い注目を受けてきました。

 本書は編者自らがクダンに関わる様々な噂を辿り、現地取材を重ねて書かれた一連の紀行文を一冊にまとめたものです。牛信仰の根強い神社やクダンの剥製などを追いかけ、クダンを追う狩人たちが最後に目にするものとは……と言っても特にはっきりした結論が描かれるわけではないので、あまり煽るのも考えものですが、クダンファンの皆様は手に取って損はないのではないでしょうか。

 

◎『日本民俗学307号』2021年

 別に研究者でもなんでもない私ですが、たまに学術誌をチェックしてみたくなる性分なので読んでみたものです。書評・フォーラムなどを除いた収録論文は以下の通り。大地論文や増崎論文は現在的な問題を扱っていて面白かったですし、柏木論文は戦後の社会変化とイエの継承を論じたもので勉強になります。

  • 大地真帆「墓のmetabolism―両墓制埋葬地サンマイにおける「美徳」の発生と墓地管理システム」
  • 柏木亨介「戦後社会における旧華族神職家の継承一阿蘇神社宮司三代の事例」
  • 増崎勝敏「近海カツオ一本釣り漁業の操業実態と外国人技能実習生について―高知県中土佐町久礼のJ丸を例にとって」

 

営繕かるかや怪異譚 その弐

小野不由美『営繕かるかや怪異譚 その弐』2019年、角川書店

 怪奇小説の名手、小野不由美氏による連作怪談集。なんと特設サイトがあります。

 特定の家や場所にまとわりつく怪異を、霊能者などの特殊な能力を持つ者ではなく、家を修繕する〈営繕屋〉の主人公が、悪い場所を修理することによって解決していく……というシリーズの第2弾です(たまに解決できてないことも)。

 ホラーではあるものの、読み終えた後はほっとした気持ちになれる、恐ろしさの中にどこか優しさを感じられる不思議な怪談集です。人間臭さの濃い、湿り気のある怪談が好きな方にお勧めかも。

 

橋本鉄男柳田國男と近江 滋賀県民俗調査研究のあゆみ』1994年、サンライズ印刷出版部

(いい画像がネット上にないので、出版社のページをどうぞ)

 著者の橋本鉄男氏[1917-96]は、滋賀県を主なフィールドとして活動した民俗学者であり、木地師の研究で今日でも知られる人物です。本書はそうした経歴の著者による、滋賀県域における民俗調査の展開を論じたものです。

 内容は著者が各所で発表した文章を集めてまとめたものなので、重複する記述が多いのはご愛嬌。民俗学黎明期の滋賀県における民俗調査史はあまり言及される機会がないので、滋賀県民の私としては勉強になる内容でした。

 特に興味深いのは、1960年代から活動していた団体「滋賀民俗学会」について、(記事執筆当時での)その現状を厳しく批判する部分があることです。どうも同学会を取り仕切っていた菅沼晃次郎氏[1929-2017]は、その個性が強すぎる一面があったようで、著者は「特異な商才を示す行動力と反骨的な性癖ともとれる一面が、ともすると世間の間尺に合致しない局面を生む」「とりわけ後続の若い学徒の離合集散が絶えないのが気になる」などと論じています。(結局著者の懸念通りと言うべきか、菅沼氏の亡き後、同学会は実質的に活動停止状態にあります)

 実を言うと橋本鉄男氏の著作は今回初めて読んだのですが、本書で氏の学問に興味が湧いてきました。少し古い世代の研究者ですが、これから読み直すことで見えてくることもあるかもしれません。

 

TENGU (双葉文庫)

柴田哲孝『TENGU』2006年、祥伝社 ※画像は双葉文庫

 以前私がTwitterで「UMA文学と呼べるものってどんなのがあるんだろう」と呟いたところ、本書をおすすめするリプライを貰ったことで手に取った小説です。私にとって初めての作家さんでした。

 あらすじは、70年代半ばの鄙びた山村でかつて起こった凄惨な連続殺人事件。その殺害方法は、とても人間業とは思えない凄まじい力でなされたものと考えられたが、組織的な隠蔽工作により真相は闇に葬られてしまう。26年後、事件記者の主人公は当時関わっていた警官からの依頼を受け、過去の事件を再び調べ始める……

 という風に紹介するとよくあるサスペンスものに見えますが、最初に述べた通りこのストーリーにUMAが絡んでくるのが本作の特異なところです。途中でUMA研究家も本当に出てくるので、遠慮なく「UMA文学」と呼んで差し支えないでしょう。

 なので、作風としてはリアル路線と言うより、オカルト的・またSF的な味付けを持つ風変わりなサスペンスとして面白いのですが、全体に流れる雰囲気はおじさま向けサスペンス劇場のような路線を踏襲しているのがまた興味深いところ。

 要するに、「過去に囚われた主人公と、彼の背中に黙って着いていく薄幸の美女」をメインキャラとしてストーリーが進むような……言葉は悪いですが古臭いドラマの雰囲気が流れているのですね。その辺りが、風変わりな題材と少しミスマッチ感を覚えたのは事実です。

 しかし(真相に納得できるかどうかはともかく)切り口は間違いなく面白い作品です。著者の柴田哲孝氏による、UMAが絡む一連の有賀雄二郎シリーズも、追々読んでみたく思います。

 

団地の空間政治学 (NHKブックス)

原武史団地の空間政治学』2012年、NHK出版

 50年代、急増した都市労働者の住居問題に対応するため政策的に作られた、〈団地〉という空間。それは「個人化する社会」の象徴とも捉えられがちな場所ですが、60年代においては主に革新系の政治思想が醸造される空間でした。

 本書は〈団地〉という特異なコミュニティにおける政治活動の展開を、自治会誌やミニコミ紙など様々な史料を駆使して活写したものです。地理的特性や、時代背景などによって変化していく団地の姿が描かれており、なぜかR-18文脈で浸透している「団地妻」など“性的な空間”としての団地イメージがどうして形成されたのか、といった団地に関わる様々な事象についても知ることができます。

 

 

 

 今月はこんな辺り。ジャンルはバラバラなように見えて実はけっこう偏ってる気がしますね。

 日々、混迷を深めていくこの世界ですが、せめて読書くらいは心静かに行いたいものです。