河原に落ちていた日記帳

趣味や日々の暮らしについて、淡々と綴っていくだけのブログです。

【雑記】ネッシーVSイルカ、というニュース

 前回に引き続きまして、今回もオチのない話です。

 どういうことかと申しますと、「ネス湖ネッシーを、イルカを使って探そうという計画があった」というニュースについてです。

 前回でも書いた通り、最近私は新聞社のデータベースを使って、UMAに関する昔の記事を調べるという活動(趣味)に勤しんでいます。

 さて今回は、UMAという言葉の代名詞とも言える、ネス湖ネッシーについて調べてみましょう。ネッシーはヒマラヤの雪男と並んで新聞報道される機会が多いUMAで、1年に1回くらいは目撃例や探索の試みが、紙面の隅にちょこんと載っていたりします。

 そうした小ネタ記事の中で、ふと目についたのがこちら。

 そりゃすごい。……としか言いようがないのですが、ごく短い記事なので全文を引用してみましょう。

 ボストンの学者たちがイルカを使って、スコットランドネッシーを調査しようと計画を練っている。当地の応用科学学会のメンバーが二十二日に明らかにしたもので、訓練した海のイルカ二頭の背中にカメラをしばりつけてこの夏、ネス湖に放つ。同学会はここ十年間、幻の怪獣の撮影に挑み続けてきた。
 海洋専門家は「イルカは淡水に耐えられない。皮膚の刺激にやられてしまう」と警告しているが、同学会側は「イルカを海水の中に入れておき、湖に入れるのは二時間どまりにする」といっている。

(『朝日新聞』1979年3月24日 朝刊22頁)

イルカに淡水は無理やで」という、ごもっともすぎる釘を刺されているのが素敵です。「ネス湖に入れるのは2時間だけだからセーフ」って、そんなもんなんでしょうか。

 ちなみに読売新聞でも、1979年6月7日夕刊2頁に「ネッシー探しウルトラ作戦」という記事名で報道されており、2頭のイルカの名前が「スージー」と「サミー」であることが明らかにされています。当時14歳で、「人間なら、そろそろ縁談が持ち上がる適齢期だが、今は待ちに待った〝スコットランドへの旅〟のことで頭がいっぱい」とのことで、勝手に心中を想像されています。

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 しかしこれらの報道を読んでいても、イルカを具体的にどう使うのかいまいち分かりません。そこでもう少し詳しく報じたメディアがないか探したところ、かつて中央公論社が刊行していた科学雑誌『自然』にて、この試みが少しだけ紹介されていました。

『自然』誌自体は真面目な科学雑誌ですが、時おり雪男やUFOに関する論考が載っていたりします。件のイルカ探検隊については、1979年8月号の「MINI SCOPE」という、科学に関する小ネタを紹介するコーナーで取り上げられていました。以下、一部を引用します。

(…)ラインズ(R.H.Rines)という弁護士の率いるボストンのグループもそのひとつで、すでに8年間もネス湖の怪獣にいどんできた。もちろん、この人々もいままではすべて失敗に終っていたわけだが、この夏は新兵器を投入すると意気込んでいる。その新兵器とは、なんと2頭のイルカである。
 イルカを訓練して海中、海上の敵の探索に使おうとか、魚雷を抱かせて敵艦に体当たりさせようとかいう話はよく耳にするし、現に米海軍がイルカの訓練を試みていることはよく知られている。ラインズたちのグループはそこに目をつけたわけだ。そして、いまフロリダの一環礁で、魚雷の代わりに水中用のカメラとストロボを身に帯びた2頭のイルカが、ウミガメをネッシーに見立てて、水中を動く大きなものを追う訓練を受けているのである。この特訓に当たっているのは、サンジエゴの米海軍研究施設のイルカ係という。

(『自然』1979年8月号、「MINI SCOPE ネッシー探しの新兵器」)

 なるほど、軍事用に訓練されたイルカ(いわゆる軍用イルカ)を、ネッシー探しに応用しよう、という計画だったわけです。なお訓練が終われば「2頭ともスコットランドに空輸され、ネス湖の一隅に特別に設けられた海水プールで待機する予定」だったとのことで、かなり大掛かりな計画だったことが分かります。

 軍用イルカについては詳しく調べていないのですが、こちらの記事によると米軍では60年代からイルカの軍事利用が研究されていたとのこと。日本では70年代半ば頃から、そうした話題がメディアで取り上げられるようになっていたようです。

 ところでネス湖についてですが、ネス湖の水には泥炭(ピート)が多く含まれています。そのため水中に潜ると、昼間でも何も見えなくなるくらいに濁っており、実はUMA捜索には非常に不向きな環境です。実際に、ネス湖に潜ってネッシーを探そうという試みは何度か行われていますが、たいてい「何も見えん」という結果で終わっています。

 そこで、イルカの出番です。周知のとおり、イルカは超音波を利用して水中の物体を感知する、エコーロケーションという能力を持っていますが、恐らくはその能力をネッシー探しに利用しようとしたのが、件の計画だったのではないでしょうか。

 また先述の『自然』誌では、「ラインズという弁護士の率いるボストンのグループ」が計画を立ち上げたとありますが、このグループとは「ボストン応用科学アカデミー」のことです。

 当グループは1970年からネッシー調査を積極的に行っており、75年にはネッシーの頭部や全身(に見えるもの)を写真に捕らえたと発表し、注目を浴びました。日本では毎日新聞が写真の独占使用権を得て、大々的に報じています。*1

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 しかしながらこの時に示された写真も不鮮明なもので、残念ながら決定的な証拠とはなりませんでした。なにしろ暗く濁ったネス湖の水中ですから、写真を撮るのも偶然に身を任せるしかなく、自ずと限界があったのです。*2

 そこでより確実な証拠となる写真を撮影するため、能動的にネッシーを探し出せる(かもしれない)軍用イルカを導入しようという意図が、応用科学アカデミー側にはあったのでしょう。今の視点からすると、どうにも奇想天外な計画のように見えますが、当時としては考慮に値する時代の文脈があったのかもしれません。

 ところが6月30日に、この計画の暗雲を予想させる記事が、朝日新聞に掲載されています。

 英国のネス湖の怪獣“ネッシー”の写真をイルカを使って写そうと、応用科学学会が三頭のイルカを訓練していたが、このほどそのうちの一頭が死亡、計画は延期されることになった。
 しかし「実施を先に延ばしただけで、やめたわけではない」と同学会は自信満々。音波探知器とストロボ付きのカメラを運ぶようにイルカを訓練して、今夏中には写真撮影にかかりたい、といっている。

(『朝日新聞』1979年6月30日朝刊9頁「スポット_まだあきらめない」)

 なんと、使用するイルカのうち一頭が死んでしまったというのです。……てあれ、「三頭」? よく分からないのですが、他の報道では一貫して2頭なので、誤植でしょうか?

 それはともかくとして、イルカの死因については書かれておらず不明なのですが、淡水に慣れさせるための訓練でのストレスが原因では……と、どうしても勘ぐってしまいます。そも、「海洋性のイルカを淡水のネス湖にぶち込む」という時点で、最初からかなり無茶な計画だったことは確かでしょう。今だったら動物愛護団体が黙ってなさそう。

 しかし「未知のものを見つけたい」という人間の欲求は、しばしば「やれることは何でもやろう」という気を起こさせ、ときには外野からすると奇矯にしか見えない行動を引き起こします。

 一例としては、ヒマラヤの雪男を探すために秋田のマタギをヒマラヤに連れて来るという試みが、1974年に行われていました(詳細は奇現象研究家の小山田浩史氏によるこちらのポッドキャストをどうぞ)。これもウケ狙いではなく、当事者なりに真剣に考えて実行されたことだったのでしょう。

 結局、ネッシーとイルカのドリームマッチが実行に移されたのかどうか、私が調べた限りでは続報もないため、よく分かりません。正直なところ、計画がポシャった可能性も普通にあると思うのですが、何かご存知の方がいればご一報下されば、私が勝手に喜びます。(ということを前回でも書いたところ、専門家の方から本当に情報提供を頂いてしまったこともあり、あまりうかうかと書くのも憚られますが……)

 

(2021/11/20 追記)

 てなことを書き散らしておりましたら、またもや情報提供を頂いてしまいました。実はだいぶ前から頂いていたのですが、自分の怠け癖が出てしまい今まで更新をサボっていたことをお詫びいたします。

 提供して下さったのは、私のTwitterのFF関係であるひよわなヤギさん。ボストン応用科学アカデミーを率いていたロバート・ラインズ博士について、海外のネット記事を多数紹介して頂けました。たびたび興味深い知識や情報を送ってくださり、いつも感謝をしております。

 さて教えてもらった記事を機械翻訳等を使いながらヨボヨボと読んでいたところ、ラインズ氏によるネッシー捜索の試みを紹介している下の記事にて、例のイルカ補完計画の顛末が簡単に書かれていました。

www.bostonmagazine.com

In the ’70s, Bob Rines had a New Jersey perfumer create a chemical that he hoped would act as a pheromone to attract the animal. Another time, he trained two dolphins in Florida to carry cameras. He was constructing a saltwater pool he planned to float in the loch that would allow the dolphins’ skin to recover from the freshwater exposure when one of them died on a stopover at the Hull Aquarium. Rines believed the dolphin, who had never before been separated from its handler, had died of “a broken heart.” He was so upset that he shipped the other dolphin back to Florida and called off the scheme.

70年代、ボブ・ラインズはニュージャージーの調香師に、動物を引き寄せるフェロモンとして作用することを期待した化学物質を作らせた。また、フロリダで2頭のイルカにカメラを持たせる訓練をしたこともある。イルカの皮膚が淡水から回復するように、湖に浮かべる塩水プールを作っていたところ、Hull Aquariumに立ち寄った際に1頭のイルカが死んでしまった。ラインズは、それまで一度もトレーナーと離れたことのなかったイルカが「傷心」で死んだと考えた。憤慨した彼は、もう1頭のイルカをフロリダに送り返し、この計画を中止した。

(DeepL先生による翻訳を一部修正)

 という訳でこの記事による限り、やはりイルカが1頭死んだ時点で計画が中止されていたようです。そうなると先述の朝日新聞の記事と齟齬が出ますが、細かい経過はともかく最終的に中止されたというのが、一つの事実なのでしょう。

 まぁだいたいそんな気はしていたので驚きはないのですが、興味深いのは引用した文章の最初にある「動物を引き寄せるフェロモンとして作用することを期待した化学物質を作らせた」という部分です。他の記事も参照してみると、また別にこんな試みも行っていたようです。

www.bostonglobe.com

Rines was relentless in his pursuit of the mythic Scottish monster. In the fall of 1970, as the Globe reported, he tried to lure Nessie to the surface with “sexual stimulants” — tape recordings of the mating and eating rituals of various fish and aquatic mammals — dropped into the depths of her watery lair. Needless to say, Nessie resisted temptation.

ラインズは、スコットランドの神話上の怪物を執拗に追い求めていた。1970年の秋、Globe紙が報じたように、彼は「性的刺激物」、つまり様々な魚や水棲哺乳類の交尾や食事の儀式を録音したテープをネッシーの水の中の隠れ家の奥深くに落として、ネッシーを水面に誘い出そうとした。言うまでもなく、ネッシーはその誘惑に耐えた。

(DeepL先生による翻訳を一部修正)

 つまり、ネッシーにハニートラップを仕掛けたこともあったようです。恐らく1975年の写真撮影はラインズ氏の行った試みのほんの一部であって、今はUMA冒険史に埋れてしまった様々な活動を、彼は行っていたのでしょう。

 弁護士という肩書を持ちながら、生涯の多くをネッシー探しに捧げたロバート・H・ラインズ博士は、2009年に87歳でお亡くなりになりました。結局、ネッシーの実在を明らかにすることはできなかったのかもしれませんが、その情熱には敬意を払うべきだと思います。

https://twitter.com/hiyowana_yagi/status/1449212738278854658?s=20

https://twitter.com/hiyowana_yagi/status/1449213067212963846?s=20

https://twitter.com/hiyowana_yagi/status/1449213067212963846?s=20

*1:毎日新聞』1975年12月12日夕刊、1頁「これが“ネッシー”⁉︎ 話題の写真を入手」、2頁「「ネッシーはいる」ラインズ博士と一問一答」、3頁「怪獣?怪魚?ネス湖のナゾ」

*2:簡単に言うと、水中にカメラを設置し、その前を物体が横切ると自動でシャッターが押される、という方式で撮影された写真でした。ちなみに今では、木の幹が偶然何らかの生物に見えた可能性が指摘されています。