河原に落ちていた日記帳

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【読書備忘録】C・ピーブルズ『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(1994)

 オカルトと言えば、UFO! 

 ……というイメージも薄くなってきているらしい今日この頃ですが、それでも「宇宙人が地球に訪れている」という話は相変わらず人気のオカルトネタです。

 しかし宇宙人というのも、よく考えてみれば変な存在です。よく考えなくても変ではありますが、考えてみるともっとヘンテコリンです。

 どういった目的でか、人間を誘拐して人体実験を繰り返したり、わざわざ家畜の牛を攫って血を抜いてから雑に放置したり。そんな恐ろしく理不尽な行動をする一方で、宇宙人は親切にも地球に訪れる危機を人間に警告してくれたりします。それも何故か、政府の人間などではなく、特に権力もなさげな片田舎のおっちゃんとかに。

 こ奴らは一体何がしたいのか? そもそも彼らが乗ってくるという「UFO」(=未確認飛行物体)とは、一体何なのか?

 そんな疑問を感じた人には、是非とも一度は手に取って頂きたいのが本書『人類はなぜUFOと遭遇するのか?』です。原題に”WATCH THE SKIES! A Chronicle of the Flying Saucer Myth”(空を見よ! 空飛ぶ円盤神話年代記)とある通り、アメリカにおけるUFO言説の展開を通史的に論じたものです。

 UFOを巡る伝説の生成と展開を詳細に眺めていくことで、見えてくるのは何か。それは意外にも宇宙人の真実などではなく、UFOの陰にうごめく人間の暗い情念かもしれません。

〈内容紹介〉※裏表紙の紹介文より引用
 米国スミソニアン協会が刊行した空飛ぶ円盤神話の歴史年代記。1947年以来のあらゆるUFO事件について一次資料を徹底的に調査、検証して記述し、的確でフェアな考察を加えている。アメリカ情報局や議会の調査と比べても遜色ないもので、CIAがこれらの現象に巻き込まれていった経緯も、暴露している。

 

 まず簡単に書誌について説明しますと、原著『WATCH THE SKIES!』は1994年に刊行され、5年後の1999年にダイヤモンド社から邦訳が刊行されました。その後2002年に文春文庫に入り、私が読んだ版もこの文庫版になります。今のところ古本が割と安価で出回っているので、入手も難しくないと思います。

 次に著者のカーティス・ピーブルズ氏についてですが、彼の専門は航空宇宙史学とのことで、別にUFO研究家というわけではありません。そして氏のUFOに対するスタンスは「懐疑論者」であり、本書冒頭で「空飛ぶ円盤に関する報告は、通常の物体や現象、体験などを、誤認したものであろうと信じている」「地球が、円盤の形をした異星人の宇宙船の大規模な監視下に置かれていることを示す証拠があるとは、信じていない〔p5〕」と明言しています。

 つまり本書は、「宇宙人が地球に来ている証拠はない」という懐疑的な立場で書かれたものであることは、事前に押さえておく必要があります。そのため、宇宙人は地球にやってきており政府はその事実を隠蔽しているのだ……という信念を持っている人にとっては、本書の内容はすこぶる面白くないものであることに違いありません。

 むしろ本書は、「宇宙人の乗り物」としてのUFOが好きな人よりも、アメリカの政治史等に関心のある人の方が、興味深く読める本になっていると思います。

 具体的な内容としては、以下の目次を見てみましょう。

  • 第1章 前兆
  • 第2章 「空飛ぶ円盤」神話の誕生
  • 第3章 UFO三大「古典」事件
  • 第4章 エイリアン・クラフト
  • 第5章 ワシントン侵略事件
  • 第6章 CIAとロバートソン査問会
  • 第7章 コンタクティの時代
  • 第8章 全米空中現象調査委員会(NICAP)
  • 第9章 一九五七年の目撃騒動
  • 第10章 全米空中現象調査委員会VS.コンタクティ
  • 第11章 六〇年代
  • 第12章 コンドン・レポート
  • 第13章 宇宙での接近遭遇
  • 第14章 キャトル・ミューティレーション
  • 第15章 アブダクション
  • 第16章 ロズウェルエリア51
  • 第17章 「彼ら」はすでにここにいる
  • 第18章 エイリアン・ネーション
  • 補章 その後のロズウェル事件(UFO神話1994-1999)皆神龍太郎氏執筆

 大まかな内容としては、「空飛ぶ円盤神話」の始まりから原著刊行時までのUFO言説の展開が懐疑的な立場から通史的に論じられており、文庫版で600頁超の重厚な作品となっています。なお末尾には訳者の皆神龍太郎氏による「補章」として、原著刊行後の様子(主にロズウェル事件)についてカバーされています。

 さて、原題に「Flying Saucer Myth」とあるからには、本書ではUFOに関する言説を人々の作り出した一種の「神話」と捉えていることが明らかです(「伝説」という言葉に置き換えてもいいでしょう)。その「神話」の原点が、1947年に起こったケネス・アーノルド事件*1にあることは有名ですが、それ以前から謎の飛行物体の目撃事例というものは存在しました。

 「空飛ぶ円盤」また「UFO」という用語が作られる以前、謎の飛行物体は「幽霊飛行船」や「幽霊ロケット」といった名で呼ばれていた時期があり、本書の記述はそうしたUFO神話誕生の前史から始まります。これら謎の飛行物体が社会的な話題になり出した1940年代半ばとは、長きにわたる第二次世界大戦が終わるか終わらないかの境目の時期でした。

 大戦後も西側陣営とソ連との間ではバチバチの対立関係が続き、冷戦体制という新たな世界秩序が形作られたわけですが、いつまた戦争が起こるか分からない状況は社会に不安を蔓延らせる要因になります。そして空に浮かぶ不審物に「空飛ぶ円盤」という名前が付いたときから、人々の持つ不安を反映するかのように円盤の目撃報告が増大していくのです。

 ちなみにUFOの正体について、当初はエイリアン・クラフト(宇宙人の乗り物)説よりも「ソ連の新兵器」ではないかとする解釈の方が多数派でした。エイリアン・クラフト説自体はかなり初期の頃から存在はしていましたが、それが新兵器説に取って代わるのはもう少し待たなければなりません。

 さて、当時は円盤=ソ連の兵器という考えがリアリティを持っていたため、国防上の観点からアメリカの空軍がUFOに興味を持ち、1947年末には空軍によるUFO研究機関「プロジェクト・サイン」が発足します。時代背景を考えれば空軍の動きも頷けるものではありますが、一方で空軍がこの問題に首を突っ込んだことによりUFO神話は本格的に複雑怪奇な道を辿り始めます。

 当初プロジェクト・サインは、UFO報告を「何らかの実在する物体を目撃したもの」と捉えており、見間違えなどの可能性はあまり考慮されていませんでした。そのため物理法則上、どう考えてもあり得ない動きをする「物体」の報告を解釈するために、UFOは地球上にはない未知の科学技術により飛来したもの、つまり「UFO=地球外起源説」に傾くものがプロジェクト内に出てきたのです。

 空軍内部でもそうした見解が真面目に唱えられており、驚くことにプロジェクト・サインの報告書の結論として採用されたていたのですが、残念ながら(?)その報告書は「証拠不十分」として却下されています。

 報告書の棄却はプロジェクト・サインの動きを挫き、以降プロジェクト内はUFOを地球外起源だと信じる派閥と、そうは信じない懐疑的な派閥で内部分裂してしまいます。そして実際、UFOが地球外から飛来しているという明確な証拠も見出せず、ただただ膨大な目撃報告だけが積み重なっていく状況により空軍はだんだんとUFO調査の関心を失っていきました。

 以降、公的なUFO調査機関は「プロジェクト・グラッジ」「プロジェクト・ブルーブック」と名を変えながら一応は存続していきますが、UFOを国防上の問題として調査することよりも、UFOは「誤解・または嘘」だと大衆に啓蒙する活動へシフトし、空軍としてのUFO研究は徐々にフェードアウトしていくようになります。

 それよりもUFOが投じた熱波は、民間において熱く、そして長く燃え上がることになります。UFOの目撃者が激増していることと、その目撃例を空軍が調査していることはマスコミ関係者も気付くところでしたが、中でもUFO神話の展開に大きな影響を及ぼしたのが、ドナルド・キーホーという作家でした。

 キーホーは最初から「空軍はUFO問題について何かを隠蔽しようとしている」という強い疑いをもって取材にあたり、不確かな噂話やゴシップまで証拠として積み上げていった結果、UFOは宇宙人の超科学技術によって作られた宇宙船だと確信するに至ります。そして彼は50年代より「UFOは異星人の乗り物である」「政府はそのことを知りつつ国民に隠している」という陰謀説込みの主張を積極的に行うようになり、現在に至るまで続くUFO陰謀論のプロトタイプを作りました。

 空軍の方はと言うと、そうした疑惑を晴らすために調査報告を公表し、UFO目撃例の多くはただの勘違いであることを公表するなどの対応を行いました。しかしそれも陰謀論者の手にかかれば「政府の隠蔽工作」として解釈されてしまい、逆に陰謀論の肉付けに利用されてしまうことになります。

 また空軍の対応自体にも色々と不味い部分があったのは確かで、以降のUFO神話は完全に陰謀論と表裏一体となって展開していくのです。その背景には現実の政府への根強い不信感や核戦争への恐怖が要因にあると考えられ、それらをごちゃまぜにしたパラノイア的な妄想をまといつつ、UFOはアメリカ合衆国の一大神話として社会に広まっていきました。

 その後のUFO神話のトピックとしては、「真相解明」を目指す民間UFO研究団体と政府との攻防や、宇宙人説信奉者にも予想外だった宇宙人会見者(コンタクティ)の登場、また宇宙人による誘拐事例(アブダクション)や牛さん殺害事件(キャトルミューティレーション)など、愉快な話題が盛りだくさんですが、詳細については是非とも本書を参照のこと。

 本書を通読すると、UFOや宇宙人といった世間様からは馬鹿にされがちな話題も、極めて歴史的な経緯により生み出されたものだということが理解できます。雑多な言説の絡まり合ったUFO神話を解きほぐす見取り図として、本書は優れた「UFO通史」を描き出していると思います。

 ただ問題点を挙げるとすれば、本書には写真などの図版が一切掲載されていません。そのためUFOについての知識が乏しい状態で本書を手に取ると、少々読むのがつらくなると思います。図版が豊富かつ、懐疑的な視点で個々のUFO事件を検証した本にASIOS『UFO事件クロニクル』(当ブログでの紹介記事)というものがあるので、入門的にはそちらから手を出すのがお勧めかも。

UFO事件クロニクル

UFO事件クロニクル

  • 作者:ASIOS
  • 発売日: 2017/08/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  また著者自身も前置きしていますが、本書で披露されるUFO事件への懐疑的な見解が、唯一の「正解」であるとは限らない、という点は念頭に置いておくべきでしょう。懐疑派の中でも、事件の真相について見解が分かれている例はあります。*2

 もしかすると、UFO目撃事例の中には本当に未知の現象が起こったものが存在する可能性も全否定はできませんし、UFOという話題に一抹のロマンを感じていたいという気持ちも理解できます。

 UFOにロマンを見ることを、私は悪いことだとは思いません。ただ、そうした話題が歴史的・社会的にどういった文脈で出てきたものなのかは、肯定派・懐疑派双方とも知っておいて損はないと思うのです。

 UFOという「怪しげ」な話題についてディープに掘り下げてみたい方、是非とも本書をご一読いかがでしょうか。

*1:1947年6月24日、実業家のケネス・アーノルドが飛行機を操縦中、謎の飛行物体に遭遇した事件。この事件の報道によって「フライング・ソーサー」という語が広まった。

*2:例えば1964年のソコロ事件について、本書では「観光目的のでっち上げ説」が採用されているが、前述の『UFO事件クロニクル』では「学生のイタズラ説」が信憑性が高いとされている。