河原に落ちていた日記帳

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【読書備忘録】大田俊寛『現代オカルトの根源』(2013)

 UFO、予言、超能力、心霊現象、超古代史、陰謀論……「オカルト」と一口に言ってもその裾野はすさまじい幅広さを持ち、全体を見通すのは並大抵ではありません。

 しかし膨大なオカルト言説を腑分けしていくと、西欧発祥のとある思想運動がオカルトの一つの源流として浮かび上がってきます。

 本書は「霊性進化論」というキーワードから、現代のオカルトに底流する思想を読み解いた、刺激的なオカルト論です。

〈内容紹介〉※Amazon商品紹介欄より引用
 ヨハネ黙示録やマヤ暦に基づく終末予言、テレパシーや空中浮揚といった超能力、UFOに乗った宇宙人の来訪、レムリアやアトランティスをめぐる超古代史、爬虫類人陰謀論―。多様な奇想によって社会を驚かせる、現代のオカルティズム。その背景には、新たな人種の創出を目指す「霊性進化論」という思想体系が潜んでいた。ロシアの霊媒ブラヴァツキー夫人に始まる神智学の潮流から、米英のニューエイジを経て、オウム真理教と「幸福の科学」まで、現代オカルトの諸相を通覧する。

 

 最初に補足しますと、本書の著者の大田俊寛氏へのインタビュー記事が公開されており、本書と併せて読むことを推奨します。(Twitterでのご教示による)

toyokeizai.net

 では本書の目次を示すと、以下の通り。

はじめに

第一章 神智学の展開
 1 神智学の秘密教義――ブラヴァツキー夫人
 2 大師のハイアラーキー――チャールズ・リードビーター
 3 キリストとアーリマンの相克――ルドルフ・シュタイナー
 4 神人としてのアーリア人種――アリオゾフィ

第二章 米英のポップ・オカルティズム
 1 輪廻転生と超古代史――エドガー・ケイシー
 2 UFOと宇宙の哲学――ジョージ・アダムスキー
 3 マヤ暦が示す二〇一二年の終末――ホゼ・アグエイアス
 4 爬虫類人陰謀論――デーヴィッド・アイク

第三章 日本の新宗教
 1 日本シャンバラ化計画――オウム真理教
 2 エル・カンターレの降臨――幸福の科学

おわりに

 先に述べた通り、本書では「霊性進化論」をキーワードにオカルトの諸相が読み解かれているわけですが、そもそも「霊性進化論」とは何ぞや。

 乱暴にまとめれば「個々人の持つ〝霊性〟を進化させることで人間は神に近づくことができる」という、素朴と言えば素朴な思想体系です。しかしこれが従来の宗教思想と異なっている点は、ダーウィン進化論への対抗思想としての側面があるということです。

 霊性進化論の基礎を形作ったのは、ウクライナ出身女性のブラヴァツキー夫人(1831~91)。彼女は結婚後のストレスから世界各地への放浪生活に入り、その過程で様々な宗教思想を吸収していったらしく、放浪後アメリカに渡り「神智学」という宗教体系を創始します。これにより、霊性進化論という思想体系が世に出る端緒となります。

 神智学は、西洋オカルティズムやヒンドゥー教、仏教、心霊主義など極めて多様な宗教的要素を(多少強引に)混淆・折衷させた難解な理論が有名ですが、数あるオカルティズムと比して特筆すべき特徴は、科学と宗教を融合させようとする試みでした。

 ブラヴァツキー夫人の生きた時代は、ダーウィンの提唱した進化論により「人間は元を辿れば動物である」という思潮が急速に社会に浸透し、「人間は神によって作られた」とする伝統的なキリスト教権威が衰えつつありました。人々は伝統宗教の中には無かった合理的で新しい宗教体系を求めており、こうした空気の中で心霊主義スピリチュアリズム)という思想運動も流行することになります。心霊主義の流行については、吉村正和心霊の文化史』で詳しく論じられています。)

 一方ブラヴァツキー夫人は、進化論と心霊主義という当時流行していた風潮を表向きは否定しています。しかし単純に両者を否定し去ろうとしたのではなく、「むしろ彼女は、進化論と心霊主義の構想を巧みに融合させ、人間の生きる目的は、高度な霊性に向けての進化にあることを明らかにしようとした〔p33〕」と著者は言います。

 彼女の著書で披露された歴史観によると、原初の人類は霊体のみの存在であり肉体を持ちませんでしたが、進化の果てにやがて肉体を持つ人類が誕生します。しかし彼らの中で物質的な快楽に浸るものは霊性を喪失し、動物的存在へと退化していくことになります。一方で快楽に身を委ねず、絶えず霊性を進化させ続けた人類はやがて物質的な身体から解放され、神的な存在へと近づくことができる。ざっとまとめれば、こうした世界観が霊性進化論の要です。

 この「霊性の進化=神人/善 VS 霊性の退化=獣人/悪」という二元論的な世界観は、オカルトの根元に連綿と受け継がれてゆくことになります。

 本書の第一章では、ブラヴァツキー夫人から始まる神智学の展開が述べられています。彼女の亡き後、ヒンドゥー教や仏教など東洋的な宗教要素を加えて神智学を継承したチャールズ・リードビーター。対して、西洋思想を基礎に神智学を再構成したルドルフ・シュタイナー

 第二章は神智学から離れて、霊性進化論がどのようにオカルト言説に取り入れられたかが紹介されます。催眠状態から様々な予言などを繰り返し、アトランティス大陸を巡る超古代史を一躍有名にしたエドガー・ケイシー。コンタクティーとして宇宙人と頻繁に接触し、宗教的なUFO言説の大本となったジョージ・アダムスキー。はたまた、マヤ暦の終末論を唱えたホゼ・アグエイアスから、「爬虫類人」が人類を支配していると主張するデーヴィッド・アイク……。

 第三章では霊性進化論の日本における展開を、オウム真理教幸福の科学という2つの新宗教に代表させて述べられています。

 彼らの主張は一見すると突拍子もなく、触れたものに困惑を与えるわけですが、その思想を細かく腑分けしていくと、神智学由来の霊性進化論が微妙に形を変えながらも繰り返し再生産されていることが分かってきます。オカルト外部にも目を向けてみると、アニメや映画などのサブカルチャーにも霊性進化論的な要素が取り入れられてた作品が少なくないと言います。

 そういう意味で霊性進化論とは、現代において深く社会に浸透した宗教思想と言えるかもしれません。しかし著者はその思想の行きつく先は、「往々にして、純然たる誇大妄想の体系に帰着してしまう〔p242〕」と警鐘を鳴らします。

 具体的には、霊性進化論の体系を批判する声が高まるにつれ、信奉者たちは往々にして「自分たちを迫害する闇の勢力が暗躍している」という陰謀論的な発想に陥ります。それはやはりブラヴァツキー夫人の頃から繰り返されてきた現象であり、この発想が最も危険な域にまで行きついた結果が、かのオウム真理教が起こした一連の事件だったでしょう。

 オウム事件以降、こうしたオカルト思想を教義の中心に据えた宗教教団は表に出にくくなっているようですが、霊性進化論という思想体系は、間違いなく現在の「宗教っぽくない宗教」、いわゆるスピリチュアリティにまで途絶えることなく受け継がれているように思います。

 オカルトは、別のオカルト言説と混ざり合い、常に再生産が繰り返されていくという特徴があります。様々な「生きづらさ」を抱えるこの世の中から、オカルト的なものが消え去ることは恐らくあり得ないでしょう。オカルトを消し去るというのは、それはそれで残酷すぎる世界です。人間はそこまで強くはなれない。

 とは言えオカルトは、本質的に暴力性を孕むものです。だからこそ、オカルト言説をただ笑うのでなく、まして妄信するのでもなく、冷静にその内にある思想性を注視する必要があります。そのための優れた見取り図を、本書は読者に提供しているように思います。オカルト史入門としてもおススメの一冊です。