河原に落ちていた日記帳

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【読書備忘録】小畑紘一『祭礼行事「柱松」の民俗学的研究』(2018)

祭礼行事「柱松」の民俗学的研究

祭礼行事「柱松」の民俗学的研究

 

 「柱松」と呼ばれる松明行事を、日本全国の事例から考察した研究書です。

 例によって地元の図書館にリクエストして入荷してもらったのですが、何故か最初から書庫に放り込まれてしまうという若干不遇な扱いを受けてしまいました。刊行されたのは今年の3月なのですが……

 それを司書さんに頼んで引きずり出してもらい、パラパラと読んでみた感想をだらだらと書いていこうと思います。

 

〈内容紹介〉岩田書院公式HPより引用
「柱松」は、多くは、夏の夜、柱に取り付けられた松明受けに向かって松明を投げ上げ、松明受けを燃やす、という祭礼行事である。行われている(いた)地域は、ほぼ、新潟・長野・山梨・静岡以西、鹿児島まで、広く分布し、名称も、ハシラマツのほか、ナゲタイマツ・アゲンダイ・トウロン・マツアゲ・アゲマツ・ヒアゲ・ギュウトウなどと呼ばれる。

 本書は、全国299地点を実際に調査したデータをもとに、第Ⅰ部で、その諸相を分析・分類し、この祭礼の構造と特徴を明らかにし、第Ⅱ部で、長野県飯山市瑞穂「小菅」の柱松を事例に、地理的・宗教的空間、歴史をふまえて、現行の祭礼行事の儀礼とその意義を考察。

 

 まず申し上げておきますと、私は研究者でもなんでもありません。そのため人の研究に対する的確な批評などはできませんので、これはただ単に私が読みながら思ったことをとりとめもなく書いた記事となります。

 ではその内容を紹介しますと、本書は以下のような目次で構成されております。

序 章

第Ⅰ部 柱 松
第一章 柱松の諸相
 (ハシラマツと名の付く祭りと同類の祭り/松明投げ点火方式の柱松)
第二章 諸相の分析
 (柱松と地域/柱松と時間)
第三章 柱松の構造と特徴
 (祭りの成り立ち-俗なるモノから聖なるモノへの移行/柱松の構造/柱松の特徴)

第Ⅱ部 小菅の柱松
第一章 集落の空間
 (地理的空間・社会的空間/宗教的空間/歴史的空間-集落と寺社の歴史)
第二章 柱松の儀礼と意義
 (現行の柱松/昭和時代初期の柱松・明治時代以前の柱松)
終 章

資料編
表:「県別柱松一覧表」(全国299地点の柱松(および類似の)行事を、祭場・名称・行事次第・柱・松明・参考文献・点火方式など各16項目に分けて記載。総72ページ)、他
図:全国分布図、各地区ごとの分布図、他
写真:24個所の柱松行事

 本書の注目すべき点は、間違いなく約130頁にも渡る資料編でしょう。

 冒頭で引用した内容紹介の通り、本書では実に約300もの「柱松」行事の事例を扱っており、しかも実際に調査を行って得たデータだというのだから驚きます。

 民俗学を大学で学んでいた人なら分かると思うのですが、何らかの行事を研究するとなると、複数の事例の比較をすることが多くなります。

 できるのなら、自分自身で調査を行い得たデータで勝負するのが一番いいのですが、金も時間もない学部生という身分でできることは限られてきます*1

 そこで学生は、比較事例を探すために各種の民俗報告書や民俗誌を紐解くことになるのですが、意外と目当ての事例が見つからないということもよくあること。運よく見つけても、比較事例とするにはあまりにも記述が貧弱であったりするものです。

 いっそのこと、日本全国の事例を自分で詳しく調査することができればなぁ……と頭を抱えることになるわけですが、本書では本当にそれをやってしまったような印象があります。

 ところで、そもそも小畑氏は何のためにこんなたくさんの事例を集めたのかと言いますと、簡潔に言うと「柱松の本義解明〔p16〕」のためです。

 小畑氏は序章において、柱松の先行研究として柳田國男和歌森太郎五来重の3人の所論を検討し、批判を加えた上で、柱松の本義解明のためには「幾多の民俗事象の積み重ねの中で論を進めるという帰納法による研究・調査が必要である〔p16〕」と述べます。

 そのために全国の柱松の事例を収集し、類型化・比較検討を行うことによって、柱松の特徴や意義を明らかにしよう、という訳です。*2

 ちなみに小畑氏は、柱松の類型として以下の4つを設定しています。

  • 松明投げ点火方式
    (松明を柱松に投げつけることで点火する)
  • 鑽り火点火方式
    (火打石などで点火する)
  • 直接点火方式
    (長い棒の先に火を点け、直接点火する)
  • 無点火方式
    (点火はせず、神楽の一部として柱に登り芸能が行われる)

 第Ⅰ部からは事例の比較検討が実際に展開されるのですが、まず柱松の類型から始まって、その分布や祭日・名称などの列挙、地域ごとに見られる特徴、柱松が行われる時期……など、様々な側面から比較が行われます。

 とにかく比較、比較、比較、比較……といった感じで論述が進んでいくので、本書は論文集と言うよりかは、柱松という一つの行事の資料集、という印象が強いです。それが、図書館でいきなり書庫に入れられてしまった理由かもしれません。

 第Ⅱ部からは具体的な事例研究として、長野県小菅の柱松行事が扱われているのですが、ここも柱松だけを扱うのではなく、小菅という集落の地理的、社会的、宗教的、歴史的背景を非常に詳細に記述してから、柱松の検討へと移ります。
 そのため第Ⅱ部も、論文と言うよりは詳細な「民俗誌」としての印象が強くなっています。

 そして最終的な結論として、小畑氏は終章において柱松の4つの特徴を挙げます。

⑴柱松は、柱を主体とする祭りである

⑵柱松は、モノに霊力が宿ることを信じることが根底にある祭りである

⑶柱松は地域的・時期的に偏在している

⑷柱松の名称は多数ある

  その上で小畑氏は、和歌森氏の所論と自らの設定した類型を関連させ、柱松を次のように分類します。

✧松明投げ点火方式 → 民俗行事としての柱松
✧鑽り火点火方式  → 修験道系の柱松
✧直接点火方式   → 民俗行事としての柱松
✧無点火方式    → 混淆系の柱松

 最後に小畑氏は、「結論として、柱松は、和歌森の類型化を発展させて、民俗行事としての柱松、修験系の柱松、混淆系の柱松の三つに分類できる〔p393〕」としています。

 個人的には、膨大なデータに圧倒され若干尻すぼみな結論に陥ってしまっているような印象も受けるのですが、小畑氏によると「本書では、先行研究で不十分であった柱松の実態を明らかにし、今後の柱松研究の基礎データを提供することを目的とした〔p393〕」とのことなので、ある意味では狙い通りなのかもしれません。

 そして今後の課題として、小畑氏は以下のように述べます。

…柱松の調査・研究は、いまだ緒に就いたばかりで、今後更に現地調査・分析を重ねて、柱松の真の姿を明らかにしていくことが求められる。特に、柱松の起源、性格、地域的偏在性、ハシラマツという名称で複数の地で行われている理由等の解明が、柱松研究深化のために必要であろう。また、祭りが高齢化・少子化等で年々消滅・簡素化される傾向にある今日において、各地の祭りの実態を詳細に調べ記録に留めておくことは、火急の課題である。〔p393〕

 果たして事例分析を重ねることで、柱松の「真の姿」なるものが明らかになるのかどうかは分かりませんが、消えつつある祭りを調査し記録に留めるという点は意義深い活動であると思います。

 本書のあとがきや著者紹介によると、小畑氏は元々外務省の官僚であり、2006年に退職した翌年、大学院へ進学し民俗学の道へ進んだとのこと。著者紹介の生年から計算すると、64歳で院に入り、75歳で本書を刊行したことになります。

 どうしてそれまで何の関わりもなかった民俗学という学問を学ぶこととなったのかは分かりませんが、人はいくつになっても学ぶことができるのかと、少し心強く思ったりもするものです。

*1:研究者であっても、必ずしも金や時間があるわけでないことが悲しいところですが。

*2:小畑氏は「帰納法」という言葉を使っていますが、これは柳田以来の「重出立証法」と本質的には同様のことのように感じられます。